未来を想像して、創造しろ。
■目指すのは「そこそこの世界」か
あー、テレビって見なくても全然困んないねー。なんらかしらの手段で録画してあったとしてもなかなか「家で腰を落ち着けて」となると難しかったり。ワンセグケータイで予約録画したところで、乗り換えが多いと見る気が失せたりするもんです。
総務省情報通信委員会の方々はこんな世界を想像できていたんだろうか。想像できていたのなら、それはとても確信犯的ですわな。
何か将来に関する事を決める時、その将来を想像する必要がある。でなければよりよい方法など取れはしない。が、自分にその能力が「今」あるのか。なかなか疑問に思っていたりする今日このごろ。
とりあえず、頭の良い人たちはスケジュールとかメールとか写真とか、もっとシームレスに持ち運べる環境を作ってくれないですかねぇ。使いやすいなら、ケータイでもスマートフォンでもなんでも良いんですが。あ、鎖国的なのは勘弁。
ポータブル機に持ち出せないということは、視聴損失が増えるということである。録り貯めてはいるが、見ないままに消されていくコンテンツが増えていくということだ。この結果起こるのは、テレビ離れというか、放送コンテンツ離れである。テレビというのは、いったん見なくなれば、別にそれで困らないという人も多いものなのだ。
あー、テレビって見なくても全然困んないねー。なんらかしらの手段で録画してあったとしてもなかなか「家で腰を落ち着けて」となると難しかったり。ワンセグケータイで予約録画したところで、乗り換えが多いと見る気が失せたりするもんです。
たぶんダビング10後に現われる世界は、誰も潰れないが儲かりもしない「そこそこ」の世界ではないかと思われる。
総務省情報通信委員会の方々はこんな世界を想像できていたんだろうか。想像できていたのなら、それはとても確信犯的ですわな。
何か将来に関する事を決める時、その将来を想像する必要がある。でなければよりよい方法など取れはしない。が、自分にその能力が「今」あるのか。なかなか疑問に思っていたりする今日このごろ。
とりあえず、頭の良い人たちはスケジュールとかメールとか写真とか、もっとシームレスに持ち運べる環境を作ってくれないですかねぇ。使いやすいなら、ケータイでもスマートフォンでもなんでも良いんですが。あ、鎖国的なのは勘弁。
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